ミヤンマー連邦(ビルマ)慰霊祭に参加して

 

                                                  於加茂法話会  平成十四年四月十七日

 

一、道元禅師七五〇回忌にあたり、慕古(佛祖のおもいをここに)実践する。

    何が出来るのか。何をしなければならないのか。何をすべきなのか。

 

二、ミャンマー友好親善慰霊団

    戦争で犠牲になられた大勢の菩提供養のために、もう二度と戦争と言う悲惨な出来事を繰り     返さないために、我々は子孫のために、世界に布教伝導することが任務である。

    日本人墓地にて慰霊祭・海外宗教事情視察。

 

三、日本・ミャンマー歴史文化交流会協会の事務所でビルマ建国の父の一人、故泉谷達郎氏。

    大本営の命を受けて、南機関の一員となり、英国植民地ビルマの独立に参画、ビルマ開放の     ために心血を注ぐ活動を展開した南機関の人達、日本とビルマの人々の御霊に深い哀悼の意     を尽すために、日本とミヤンマーの交流と親善の為に、日本・ミャンマー歴史文化交流会協     会を設立。

 

四、ウィトン大佐(軍外務大臣補)二十四日

    ミャンマーと日本の友好親善に感謝している。世界二次大戦後、日本のお陰で英国より独立     できた事に感謝している。さらなる、友好の絆を広げていきたい。軍の五七年目記念式典に     参加していただき心より感謝している。

 

    二十五日

五、パガンのタビィニュ僧院・12世紀半ば、アタウンズィツゥ王に作られ、最も高い寺院。

    日本の国会議事堂の様な四角い形。

    (日本人が祀られている寺院合同慰霊祭)ウーニァネインダ・ウーサーサナ長老と懇談。

 

    パガン世界三大佛教遺跡(カンボジアのアンコールワット、インドネシアのボドブドゥール)    ミャンマーのパガン)世界遺産のなっていない。

    パガンには五〇〇〇のパゴダ(佛塔)一九七五年地震で現在三〇〇〇のパゴダがある。

 

    パガンを代表する最大の最もバランスのとれた美しいアーナンダ寺院を参観。

    エーヤワディ−川にて遊覧、夕日と赤茶けた大地、深緑色の川と白いパゴダ、川幅一〜二`

   

     二十六日

六、パガンからマンダレー(ミヤンマー第二の都市国のほぼ中央にある。)

    マンダレー空港からマンダレーヒル(標高236b・予言を与え給う佛陀、高さ八b金泊)

 

七、午後、マンダレーヒルからバスで一時間半、舗装されているが悪路であるザガインへ。

    ザガインのエーヤワディー川に架かる唯一の橋イワン鉄橋。

    一九三四年イギリスが建造したが、一九四二年日本軍に利用されないようにイギリス軍が爆     破。  ガザインヒル、小高い丘、一五〇のパゴダと僧院がある。

    日本人 墓地で供養また、ビルマの人々や戦争の犠牲者慰霊供養を行う

 

八、マンダレーヒルの町並はからザガイン畑見学。舗装されていない道路を走る。

    日本・ミャンマー歴史文化交流会協会の泉谷恭廣氏・高橋孝行氏と軍で農業生産開墾している。    ここに学校を作りたい、子供たちに教育を戦争から子供たち人権を守る。

    軍の関係者、学校も大切であるが、診療所と医者も欲しいとの事、また、日本へ農業作物供     給、  塩田地であるため、技術的に品質統一が難しい。

 

   マンダレーからヤンゴンへ戻る。

 

    二七日

九、早朝、建軍記念日パレード出席。民間の日本人では私たちのグループたけであった。

昼、日本人墓地にて慰霊祭。日本人だけでなく、華僑や韓国の戦争慰霊もあった。

   元日本大使・ウティン・ハン氏と面談。

  

  日本・ミャンマー歴史文化交流会協会の事務所でビルマ建国の父の一人故泉谷達郎氏の供養。   大本営の命を受けて、南機関の一員となり、英国植民地ビルマの独立に参画、ビルマ開放の      ために心血を注ぐ活動を展開した南機関の人達、日本とビルマの人々の御霊に深い哀悼の意     を尽すために、日本とミヤンマーの交流と親善の為に、日本・ミャンマー歴史文化交流会協      会を設立。

 

 十、夜インターナショナル祝賀パーティー出席、各大使館、各領事館。

 

   二八日

 十一、ヤンゴン、シュエダゴォン・パゴダ参観。ミャンマーはパゴダ内はどこでも素足でお参り。

  このパゴダは二五〇〇年以上にさかのぼる。タポゥタとパッリカの兄弟の商人が、インドで佛    陀と出会い八本の聖髪をもらいうけ、紀元前五八五年にこの地に奉納したのが起源とされる。

 十二、昼、元日本大使・ウティン・ハン氏の通訳をしていただいた、ソウギャーさんの自宅で、食事とお袈裟、ビジュナ(扇)ビツマの竪琴等の供養を受ける。

   僧侶に食事とお袈裟を供養することは、最も尊い佛縁を結ぶことになる。

 

  夜ヤンゴンからバンコック

 

  二九日バンコクより関空へ

 

十三、仏教の心、民族には民族なりの垣根はあっても、仏教をとおして同じ慈愛の心根を持ち、各民族の垣根を取り払うことの大切さ。

 

  親日的なミャンマーの人々。山田長政の時代から、ビルマの竪琴。

  

  アウン・スーチーさんと軍事政権

  軍事政権が無条件に容認するものではないが、民主化の要求が歴史や文化に基づくもの、国民の平和幸福を目的にしているのか、アメリカの政策や支援が必ずしも善意であるのか。

  

  政治的経済的軍事的利益を追求する利己的打算になってはならない。

 

  ビルマからミャンマー「統一国家」にするため、一民族を総称するビルマを捨てた。

 

正壽寺住職 呉定明 合掌