伝えていくこと

定光寺 乙川文英

平成十五年二月二十四日 加茂法話会

永平寺

福井県永平寺町。道元禅師(一二〇〇ー一二五四)が一二四四年に大仏寺を建立、一二四六年に寺号を永平寺と改める。二世懐奘禅師、三世義介禅師、四世義演禅師、五世義雲禅師・・・七十八世奕保禅師。

永光寺(ようこうじ)

石川県羽咋市。瑩山禅師(一二六八ー一三二五)が一三一二年に土地の寄進を受け建立(現在の豊財院)。一三二三年、天童如浄ー永平道元ー孤雲懐奘ー徹通義介ー瑩山紹瑾の各禅師にまつわる品々を納め五老峯を築く。『洞谷山尽未来際置文』で寺院運営の原則・心構えを示す。二世明峰禅師以後輪番制(江戸時代まで)。江戸時代に所領が半減され窮乏。最近になって伽藍整備が進む。

総持寺祖院

石川県門前町。瑩山禅師が一三二一年に諸丘寺を禅宗に改め、総持寺とする。二世峨山禅師。一八九八年伽藍焼失。総持寺の鶴見移転後、能登総持寺は総持寺祖院として再建。

瑞龍寺

富山県高岡市。加賀三代藩主前田利常を開基とし、一六一四年に建立。

涅槃会にちなんで

「修行僧たちよ、お前たちに告げよう、『もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成なさい』と。」

「今生の寿命は、この病気できっと最期だと思う。だいたい人の寿命にはかならず限りがある。しかし、限りがあるといっても病気のまま、何もせずにほおっておくべきではない。だから、日頃、知っているように、私は随分人に助けてもらい、あれこれ医療を加えてもらった。それにもかかわらず全く平癒しない。これもまた寿命であるから驚き悲しんではいけない。私には、今生において、如来の仏法について、まだ明らかに知ることができなかったことがたくさんある。だが、それでも満足なのは、仏法において全く、邪な考えをおこさず、まさしく正伝の仏法に従って、それを正しく信ずることができたことだ。その大要はこれまで日頃話してきたとおりであり、全く異なることはない。その趣旨をよく心に留めておいてほしい。・・・お前は門下の中では先輩である。私が死んだ後でも、寺を守り、出家・在家力を合わせて仏法を守っていってほしい。」

定光寺では、例年通り、三月二十一日午前十時からお涅槃会法要・だんごまき、お彼岸会法要等が厳修されます。どうぞお参り下さい。