泣いていた
 女の子が泣いていた
 トレードマークのようになった小さなリボン。少女がしゃくりあげるたびに、そのリボンが小さく揺れる。

 泣くのをやめてほしかった。

 笑顔を見せてほしかった。

 どっちも無理なら、せめて顔を上げてほしかった。
 その子が大切だったから。ボクには、もうその子しかいなかったから。
 だからボクは言ってやった。
 それは辛いことだったけど……悲しいことだったけど……それでも大切だったから。
 だから、ボクは言ってやった。
 女の子は顔を上げてくれた。泣くのもやめてくれた。
 だけど、笑ってはいなかった。ただ驚いたようにボクの顔を見つめていた。
 その肩が少しづつ震え始める。僕を見つめるその目が少しづつゆれ始める。
 分かってた。分かってたんだ。だけどボクは言ったんだ。
 だからボクは何も言わなかった。
 その子の言葉を、ただ待ち続けた。
 黙って、その言葉を受け止めた。

「りんくんなんか……」

「りんなんか、死んじゃえばいいんだ!」

「りんなんか!!」









「八年前のこと、今までのこと」











発端-a Lie-


 お母さん達とかえでのお母さんが事故にあった。
 家に帰る途中のことだった。
 かえでが熱を出して、それで帰る途中だったのだ。その帰りに、三人は事故に逢った。
 かえでは、泣いた。
 お母さんさえいれば笑っていられるような女の子だった。
 たえられるはずがなかった。かえでは泣きつづけた。
 見ているボクが、とてもじゃないけど見ていられないほどに。

 かえでは泣きつづけた。
 学校も休んで、食事も殆ど取らなかった。
 点滴で無理やり栄養を取りながら、少しづつやせていく。それを見てるのは辛かった。

 だから、ボクは言った。
 その後に待ってることを全部分かった上で、ボクは楓に言った。

「ボクが悪いんだ……」

「ボクが三人に会いたくて、無理やり帰ってきたもらったんだ……それで、帰りに事故にあった」

 かえでの顔が跳ね上がった。
 起き上がって、ボクを見つめる顔は泣いていなかった。
 だけど、笑ってもいなかった。ただ驚いた顔で、ボクを見つめていた。
 そして、だんだんとかえでの肩と目が揺れ動いた。

 それをみて、ボクは少し微笑んだと思った。
 久しぶりに、かえでの泣き顔以外の顔を見ることが出来たから。

 例えそれが、その後に待ってることの代償だったとしても、ボクはうれしかった。
代償-compensation-
「稟、朝だぞ。起きな」

 朝、おじさんのぶっきらぼうな声が部屋の外から聞こえる。
 あれから、ボクはかえでの家に一緒に住むことになった。
 ボクの家には親戚は少なかったし、かえでの家とボクの家は仲が良かった。
 それに、かえでについた嘘のこともおじさんにはあったんだと思う。
 とにかく、ボクはかえでの家に一緒に住むことになった。

 あれから、かえでは生きる気力を取り戻した。
 ボクを恨むことで、また生きることを目指した。
 かえでには恨まれてるけど、ボクはそれでもうれしかった。
 かえでまで死ぬのは、嫌だった。
 それに比べたら、ボクが恨まれるほうがずっとマシだった。

「稟! 朝だ。さっさと起きないと業務用レンジで殴り起こすぞ」
「……わかったよ。おじさん」

 ひどく現実味が無くて、それでいてはっきりとした現実味をもっておじさんが怒鳴る。
 最初の頃は嘘だと思っていた。
 それで、一度そのまま二度寝をしたらどこかから持ってきた看板で頭を殴り飛ばされた。
 それから、ボクはおじさんの声でなるべくすぐに起きるようにしている。

 こんな人だけど、おじさんはいい人だ。
 がさつでぱっと見た感じは怖い人だけど、本当はすごく優しい人だ。
 ボクはまた眠らないうちにベットから抜け出し、服を着替える。
 そして、もうかえでが起きてるだろうリビングに向かうために階段をおり始める。

 と、突然背中を誰かに強く押された。

「―!」

 気がついたときには、階段を転げ落ちていた。
 がたがたと凄い音を立てながら、あっという間に一階の廊下に叩きつけられる。
 背中を叩きつけられた衝撃で呼吸が一瞬止まる。
 上から視線を感じた。

「……」

 冷たい視線。恨みと怒りと憎しみを全て混ぜた視線。
 親の敵を見るような目でかえでがボクを睨んでいた。

 …って、かえでにとってボクは親の敵か。
 分かってたけど…やっぱりかえではボクを恨んでいる。

「おい! 一体何のお―! 稟!? 大丈夫か!?」

 驚いて出てきたおじさんが、階段から転げ落ちたボクを見て更に驚いた声を上げる。
 急いでボクを助け起こしながら、上に居るかえでに向かって怒鳴りつける。

「楓! 稟を殺す気か!?」
「うるさい! りんなんか死んじゃえばいいんだ!!」
「めったなことを言うな!」
「りんの人殺し! お母さんを返してよ!!」
「だからって稟を殺したってお母さんは帰ってこないんだ! それに稟は―
「いいんだ…おじさん。ボクが悪いんだから」

 おじさんの声を、無理やり遮る。
 背中を打った後に大声(といっても、精々普通の声くらいしか出なかったけど)を出すのは辛かったけど、
 今のは言っちゃダメなことだ。
 おじさんが一瞬怒った顔のまま振り向いて、次に複雑な表情をして、最後には罰の悪そうな、
 謝ってるような表情になってボクを見つめた。

「りんのバカ!」

 その隙に、かえでは一声ボクを罵ってから部屋に戻っていった。

「こら! 楓!! …悪いな、稟」
「いいんだ、おじさん。こうなるのは分かってたんだから……ここまで嫌われるとは、思ってなかったけど」
「すまない……稟。あの子が事実を受け止められるようになるまで、頼む」
「わかってるよ……おじさん」



 八年前のことだった。

授業参観-word of blade-


「やだなぁ、今日授業参観だぜ。俺、絶対母さんに怒られるよ」
「拓哉、いっつも授業寝てるからだよ。少しは真面目に受ければいいのに」
「それはお前だって一緒じゃないか。お前も怒られるんだな」
「うぅ〜……はぁ、別に来なくてもいいのに」
「ほんとだよな〜」

 あたりまえの会話。あたりまえの風景。
 授業参観日の前にはよくある風景。
 でも、みんな口では嫌がってるけど、顔は笑ってる。
 恥ずかしがりながらも、親が自分のことを見に来るのを楽しみにしてる。

 けど、俺達はいつもそれを外から見てるだけだった。
 母親は、二人とも居ない。楓のおじさんは居るけど、いつも仕事で来れたことは無い。
 三年前までは、俺達も同じように…いや、あの頃は純粋に親が来るのをみんな喜んでいた。
 だから、俺達はこの当たり前の会話、あたりまえの風景に入り込むことは出来なかった。

 ちらりと、目を横に向ける。
 幸か不幸か、楓とはまた一緒のクラスだった。席も、通路を挟んで一つ隣なだけだった。
 楓は、ただひたすらに黙っていた。
 じっと俯いて、机の表面を睨むようにして周りとの関わりを断ち切っていた。
 三年前に比べて、楓は元気が出来ていた。
 周りの友達とも話すようになったし、家の家事をするようにもなっていた。
 …俺への攻撃も、激しさを増していた。

 ずきり、と痛む背中の傷を耐える。
 数日前の事だった。








「ただいま〜……」

 疲れた体を引きずって、家のドアを開ける。
 今日は、朝から疲れた。
 朝の連絡で、授業参観の連絡があった。前からプリントが配られて、俺のところにも回ってくる。
 前から思っているのだが、この学校の連絡はかなりギリギリで来る。
 あらかじめ年次予定に全て書いてあるんだけど、それでもこの「四日後に授業参観があります」という連絡は
 少し遅すぎだと思う。
 現に、そんな年次予定なんかろくに見てない俺達はそろって「ええ〜!?」と驚いた声を上げる。
 喜ぶ奴、騒ぐ奴、終わったといった顔をする奴など人によって反応は色々だった。
 だが、落胆する奴など殆ど居なかった。

 俺達以外は。

 既に年中行事になってることだけど、この頃は楓からの視線が特にキツクなる。
 階段で背中を押されるのは、既に当たり前になっている。家で朝階段を下りるときは自然と後ろを警戒
 する癖がついていた。
 前までは学校でもやっていたんだけど、先生に怒られてからはしなくなった。その点は本当に助かっている。
 ただ、代わりに俺のものがいつの間にか無くなっていたり、悪戯されていたりは増えていた。
 にもかかわらず、楓がそれで怒られることは無い。俺が黙っているのもあるけど、単純に見つかってないこともあった。
 確実に誰も居ないときにしか、楓はやっていないんだと思う。
 そんなのが日常だった。それに加えて、この頃はもっとひどくなる。
 今日は体育の時間のマラソンで起用に足を引っ掛けられた。
 おかげで派手にすっころんで保健室に行く羽目になった。

「楓は…まだ帰ってないのか」

 って、自分で鍵を開けたんだから当たり前か。
 そう考えながら、靴を脱いで家に上がる。

 当たり前ながら、家には誰も居なかった。
 おじさんは最近仕事が忙しくなってきて帰ってくるのが遅い。
 必然的に、家には俺と楓しか居なくなるわけだから楓が居ないなら、家には誰も居ないことになる。
 既に慣れてしまったことを無意味に思い浮かべながら、自分の部屋へと戻る。

 特にすることも思い浮かばなかったので、ごろりとベットに横になる。
 なんとなく、今までのことが思い浮かんできた。
 あれ以来、楓とはまともに会話したことが無かった。
 朝起きても挨拶はしない。
 登校もいつも楓は早々と学校へ行くし、学校でも殆ど視線を合わせなければ、話すことも無い。
 偶に目が合ったときに楓が凄い目つきで睨んでくるだけだ。
 精々、班が一緒になったときの仕事や二人組で組まれたとき(先生が事情を中途半端に知ってるから、
 学年の最初の頃に良くある)に必要最低限の会話をするだけだ。
 家に帰っても、殆ど顔をあわせない。というか、食事のとき以外楓は徹底して俺と生活時間をずらしている。
 日曜日は、俺が家に居れば部屋に閉じこもってるか外に行くかで、やっぱり同じ部屋に居ることは無い。

「覚悟はしてたけど…ここまで恨まれるとはな」

 苦笑しながら、そう独り言を言う。
 楓の恨みは、予想以上だった。俺の想像以上に、楓は俺のことを恨んでくれた。
 食事に何か仕込まれて無いだけマシというものだ。
 俺を恨むことで、生きてくれれば。そう思ってやったことだったけど、想像以上の効果があったみたいだ。

「さすがに、少しきついけど……」

 自分で選んだことだから、仕方が無いと思う。
 分かってて選んだ道だ。後悔はしない。
 おじさんは、影ながら助けてくれている。なるべく家にいてくれるようにしてるし、出来る限り
 俺と楓の間に入ってくれている。
 多分、おじさんが居なかったらとっくに殺されてるかもしれない。

 でも、一つだけ気がかりなことがあった。
 最近気がついたことだ。今から思えば、あの時の俺の嘘は、すぐにばれそうなものだった。
 それこそ、子供しか騙せないような嘘だったと思う。

 もしあいつが、それに気がついたら?

 前よりずっと良くなったけど、楓はまだあのことを引きずっている気がする。
 もしそんな楓が俺の嘘に気づいたとしたら、どうなるだろう。
 生きる活力になってる恨みが消えるかもしれない。それに、楓は、自分を追い詰めるところがある。
 もし俺の嘘に気づいて、今まで自分がしてきたことを振り返ったら。楓を二重に苦しめることになる。
 それだけは、絶対に避けたかった。
 また、あの頃の楓を見るのは、もうたくさんだった。
 けど、いつかは絶対にばれる嘘だ。だけど、今はまだ、まだ気づいて欲しくない。

「何か……考えなきゃ」

 今から思えば、その時考えたことはずっと浅はかで、だけど絶対的に効果のある考えだった。




「ぐすっ………」

 帰り道、楓が一人歩いている。
 楓は、泣いていた。クラスメートの意地悪な男子に苛められたのだ。
 子供にはよくあることだった。母親が居ない。それだけで、子供はその相手を苛める。
 苛める理由も、また分かりやすいものだった。
 楓に構われたい。
 楓は、子供の頃からずっとかわいい顔立ちだった。
 四年生になってくると、僅かながら男子と女子を意識し始めるものが男子でも出てくる。
 それ以前にも、保育園・幼稚園の時期でも自分の好きな娘に構われたくて、苛めるというのは良くあることだ。

 ただ、からかう理由が悪すぎた。

『お前、母親いないだろ。授業参観いっつも一人だもんな』

 その男子は、楓にそう言ってからかった。
 男子としては、楓が怒ってくるだろうと予想していた。だけど、違った。楓は言われたとたん急に泣き始めた。
 その事に一番困惑したのは、からかった男子本人だった。
 予想と違う。その事がその男子の頭をパニック状態にした。
 本当なら、謝ればすむ所を、その男子は余計に楓のことを言葉で煽ってしまった。
 怒らせなければ。パニックになった男子はそう考え、実行してしまった。
 だが、結局全部空回りに終わった。
 最後は、困った男子はそのまま楓を放っておいて一人で逃げ出してしまった。

「お母さん……」

 既に居ない母親を求めて、独りでにその言葉が口を突いて出た。
 優しかった母親。時に厳しかった母親。何時も一緒に居た母親。
 それらが全て頭に横切って、楓は更に涙を流す。

 そして、次に頭を横切ったのは、幼馴染にして今同じ家に居る稟のことだった。
 とたんに、悲しみが頭の中から消える。代わりに、憎しみと憎悪が心の中を支配する。

「稟のせいで……稟のせいでお母さんは居ないんだ」

「全部……稟のせいだ」

 憎しみは気力へと変わり、楓に元気を取り戻す。
 皮肉だが、憎い稟のせいで楓は悲しみ、そして元気を取り戻す。
 今の楓に気力を与えているのは他でもない稟のついた嘘だった。

 今、楓に嘘がばれたらいけない。
 稟の予想はまさしく当っていた。




「これなら、いいかな……」

 思いついたことを頭の中で繰り返しながら、効果があるかどうか確かめる。
 効果は絶対にあるはずだ。ただ、自分がさらに恨まれることになるだけだ。

「もうあれだけ恨まれてるから……今更関係ないな」

 あれだけ恨まれてれば、これ以上恨まれてもあまり変らない。
 精々、楓の攻撃が更に増すだけだ。それくらいで嘘がばれなくなら、俺はそれでいい。

がちゃ……

「ん、楓が帰ってきたみたいだな……」

 気が変らないうちに、さっさとやった方がいい。
 そう自分に言い聞かせ、ベットから起き上がる。

ドンドンドンドン……

 いつもも以上の速さで、楓が二階に上がってくる。
 そして、そのまま自分の部屋に入っていった。

「…? どうしたんだ」

 不審に思いながらも、俺はベットから降り立つ。
 そして、楓の部屋へと向かう。

 そういえば、楓の部屋に行くのって三年ぶりかもしれない。

 同じ家に住んでるのに、可笑しい話だ。
 けど、これが現状だ。
 これでまた、もっと楓の部屋には入れなくなるな……
 そう思いながら、俺は楓の部屋のドアを叩いた。



「出て行って!!」

 部屋に入って、すぐにそう言われた。
 想像していたことだけど、今日は特に荒れていた。
 部屋に入ってきたとか、そういうレベルじゃない。全力で俺を拒絶する姿は、最初の頃に戻ったみたいだった。

 ……なにかあった?

「楓、もしかして何かあったのか?」
「知らない! 早く出てってよ!!」

ボフッ!

 顔に柔らかい衝撃が走った。
 直後に、俺の足元にオレンジ色のクッションが転がる。
 どうやらクッションを投げつけられたらしい。

「全部全部、みんな稟のせいなんだから!!」
「ちょ、ちょっとやめ―」

 なんだか分からないが、とにかく色々投げつけられる。
 教科書、かばん、鉛筆消しゴム。手当たりしだい投げつけられる。
 これじゃあ、話をするどころじゃない。けど、何かあったのは確かだった。
 とりあえず、今はそっちの方が優先だ。計画は後回しだ。

「楓、一体何があったんだよ!」
「うるさいうるさいうるさい!! 稟なんか知らない。早く出て行ってよ!!」
「だから、話してくれないとなにもわから―
「稟になんか分かられたくない! 全部稟のせいなんだから! 稟なんか知らない! 稟のバカ!! 稟なんか死んじゃえ!!!」

 良く分からないけど、とにかく今は何を言っても無駄みたいだ。
 ここはおとなしく出て行ったほうがいいかもしれない。
 そう思って、部屋を出ようと振り返った瞬間―

ザクッ―!
「あっ……」

 背中に走った痛みと、楓の正気に返った声が同時に頭に入ってきた。








 あの後、背中に刺さったのがカッターナイフで、楓がおじさんにかなり叱られていたのが
 はっきりと頭の中に残っていた。
 幸い、カッターの刃は深く背中を切っただけで、危険な箇所は傷つけていなかった。
 その後の楓は、すこし罰の悪そうな顔をして、でも恨んだ視線を俺に送り続けていた。
 これなら、まだばれないかも知れないと変なことを考えていたのを覚えている。
 けど、ナイフを投げられたことに怒らなかったわけじゃない。
 その後、数日は罰の悪そうな顔をした楓が食卓の前の席に座っていたのを覚えている。
 今でも顔をあわせると罰の悪そうな顔をするけど、まだ謝られたわけじゃなかった。

「……なに?」

 いきなり、楓が顔を上げてこっちを振り向いた。
 その事に、俺は一瞬怒りが飛んで、驚いた。
 学校で楓から話しかけてくることなど、まず皆無だった。視線があったとたん、顔を背けていたからだ。
 だが、今は楓からこうして話しかけてきた。
 この間のことが根にあるのは、あたりまえだった。

「……別に」

 ぶっきらぼうに、俺はそう返した。
 それをみて、楓の顔が一瞬罰が悪そうな顔になったのが視界の端に写った。
 そして、また話しかけてきた。

「……ごめんなさい」

 それは、謝る言葉だった。
 その時だけ、楓は前の楓に戻っていた気がする。
 言い出しづらかったんだとは思う。けど、楓はすぐまたもとの表情に戻っていた。

「けど、稟のこと許したわけじゃないから」

 キツクそう言って、楓は席を立ってどこかに行ってしまった。



五年前のことだった。

慣れた日の事、気づいた日の事

 あれ以来、俺と楓の関係が変ることは無かった。
 ただ、攻撃されることは無くなったし、きつい視線も、どこか少し弱まっていた。
 多分、薄々気づき始めたんだろう。
 あれからもう二年以上たっている。お互い中学生だ。いい加減、気づき始めても可笑しくは無い。
 ただ、確信はなかった。



「じゃあ、俺は一週間くらい留守にするからな」
「はい、わかりました。気をつけてね、お父さん」

 玄関からそう声が聞こえてくる。
 そうか、そういえば今日からまたおじさんは出張だったっけ。
 最近、おじさんは出張が増え始めた。
 仕事が上手く行っているらしい。それに、俺達……というか楓も最近は大人しい。
 だから、安心して出張にいけるのだろう。

 ……普通は、逆だと思うんだけど。
 いくら仲が悪いからって、年頃になり始めた男と女を放って行くか?
 どうも、最近のおじさんはなにか企んでるような気がする。
 ……あまりにあからさま過ぎるけど、まさかなぁ。

ととととと……

 楓が部屋に戻って行ったらしい。
 大人しいといっても、お互いに話すことなんか殆ど無かった。
 ただ、夕食の席だけ顔を会わせてる様なものだ。
 だから、少し息苦しくて嫌なんだけど……こればっかりは仕方が無い。
 俺、料理できないしな……

「一応、教室でも顔をあわせてることになるのか」

 何の縁か、楓とはまだ同じクラスになっている。
 と言っても、やはり話すことなど何も無いのだが。精々、前に比べたら回りに気を使って(単に成長しただけだけど)
 あからさまな嫌い方をしなくなっただけだ。見てれば一目瞭然で俺が嫌われてるのが判るが。

「さて、夕飯まで俺も少し出かけるか」






「頂きます」
「頂きます」

 会話の無い夕飯。何時ものことだ。
 おじさんが居るときは、それでもまだ会話はあったけど、出張中は本当になにも会話が無い。
 例えるなら、倦怠期の夫婦って感じだな。

 ……って、なに行ってるんだか。

「おいしくないなら食べなくていいですよ」

 橋を止めていた俺を見て、楓がそう言った。
 と言っても、既に俺の方は見ていなくて、食事に集中している。

「いや、そう言うわけじゃない。少し考え事をしていただけだ。何時もどうりに上手い」
「…別におだてても何も出ませんよ」

 あったとして、精々がこのくらいの会話だけだ。

「ごちそうさま」

 考え事をしていた俺と違い、加えて小食なこともあって楓が先に食べ終わり席を立つ。
 食器を持ってキッチンの方に行く。

「食器、食べ終わったら水に漬けておいてください」

 それだけ言って、楓は部屋に戻っていった。




 最近、ずっと悩んでいること。
 六年前のこと。お母さん達が事故にあったこと。
 稟のせいで、稟のわがままで事故にあった。稟の両親も、その時に死んだ。

 けど、それは本当の事?

 本当に稟のわがまま? なんで稟はお母さん達を呼んだの?
 判らない。思い出せない。あの頃の記憶はあやふやになってしまっている。
 何で思い出せない?
 本当のことは何?

「稟くん」

 ずっと呼んでない名前。
 久しぶりに口を突いて出てきた。
 もう少しで判りそうな気がする。ううん、稟に直接聞くのが一番いいかもしれない。
 お父さんも居ないから、じっくり話を聞くことも出来る。

「明日、聞いてみよう」




 翌日、夕食の席。

 何時もどうり、芙蓉家の食卓は静かだった。
 いただきますのあいさつ以来、一つも会話が無かった。
 それは、別に何時もどうりの光景だった。だが、今回はその中身が違った。
 普段は話すことが無いから、話さなかった。
 話すことはあっても、話すような中じゃなかったから話さなかった。
 けど、今日は違った。

(今聞かないと…また明日になっちゃう)
(……楓の様子がおかしい。もしかしたら)

 それぞれ思うところがありながら、ただただ黙々と食事は進む。
 ゆっくりと、けれど確実に時間は過ぎていく。
 やがて、二人の食事が終わる。

「ごちそうさま」

 稟が食事を終え、席を立ち上がる。
 そこで、初めて楓が動いた。

「待ってください」
「―」

 稟の動きがぴたりと止まる。
 そして、そのまま楓の方を振り向く。

「少し、お話があります」
「…わかった。これ片付けてくるから、少し待ってろ」

 そう言って稟は楓の分の食器も持ってキッチンの方に持っていった。
 そうして、冷蔵庫から麦茶を出してコップ二つに注ぎ、戻っていった。
 コップを楓の前に置く。
 そうしてから、再び楓の前の席に座った。









Epiloge

「りーんくん♪」

 目の前に広がる笑顔の微笑み。何時もと変らぬ光景が、俺を現実の世界へと優しく引き戻す。

あとがき・・・?



はい、SHUFFLE! クリア終了記念SS第一弾♪ なぜか当初の計画と違い楓のSSが出来上がってしまいました。
って、出てるの大半が稟だけど。
と言うわけで、今回のあとがきキャラは稟と楓です♪
アキ:と言うわけで、一応考えてみたんですがどーでしょう?
稟:いや、どーでしょうって言われてもな……
楓:性格が違いますね……
アキ:まぁ……ちょーっと、暴走しちゃったかな〜って思ったり、思わなかったり?
稟:なんで最後が疑問符なんだ…
アキ:半分は「ま、いっか〜♪」って思ってるから……ああ、冗談冗談。だから親衛隊呼ばないで
    あんな魔法…アキは魔術って思ってるんだけど、どうなんだろうね?まぁ、あんなのくらったら
    生きてられないからやめてくださいね。
稟:で、どういう話なんだ? 俺達の過去を書いたみたいだけど
アキ:そう! SHUFFLE!って演出上とか容量上……これはあまり関係ないかな? で結構色々省かれてるでしょ?
    過去のことについてなんて本当冒頭の引用したところしか回想無かったし。
    まぁ、それがいい演出してたんだけど。やっぱりプレイヤーとしては気になるわけでして
楓:それで、だったら自分で書いてしまえばいいと?
アキ:そうそう♪ で、食事とかお風呂の時間を抜いて…大体構想含めて…六時間も掛かってやっと
    これが出来ました。
稟:それは、長いのか?
アキ:うーん・・・微妙。だって他の人どれくらい掛けるか判らないし。
楓:でも、結局肝心の部分は隠れちゃってますけど?
アキ:う、うーん……実は、単純に疲れただけだったりして
稟:おい!
アキ:あ、でも上手く創造できないな〜って思ったってのもあるから。それに、そこは読者に想像してもらおうかなって
稟:逃げたな……
アキ:なんとでもいいなさーい♪ で、一応の補足。稟くんだってそれなりに怒ったりしますよ。
    文中じゃ殆ど意図的に隠してるけど……
楓:あれで怒らなかったらそれはそれで怖いですよね……
稟:まぁ、一応おれも人間だしな
アキ:そういうこと。では、また会う日まで〜
あとがき追記:04/02/08 7:58:18 PM



アキ:やっぱり、なんかあの二人だとあとがきした気にならない……というわけで、
   お二人ともかむひあ〜♪
住井:おい……なんでこっちまで呼び出されなきゃいけないんだ?
栞:そうですよ〜私、こっちの世界のひとじゃないんですから
アキ:まぁまぁ、出番がこんなところでもあっていいじゃないかい
住井:面倒なだけだけどな……
栞:本当です
アキ:と、いうわけで。この話どう思う?
住井:いきなり直球だな……まあ、いいけどな
栞:アキさんにしては珍しいタイプですよね。確か、嫌いじゃなかったでしたっけ? こういう穴埋めって言うか、
  本編の途中を埋めるタイプのSS
アキ:うーん、確かに。読むのは好きだけど書くのはあまり好きじゃないね
住井:ならなんで書くんだよ……
アキ:いや、単純に最後まで話が思いついたからってのが一つ。もう一つはSHUFFLEの書き慣れ用
栞:……ってことは、これからもまたSHUFFLE! のお話書くんですか?
アキ:一応、一つ二つくらいは構想があったり・・・なかったり
栞:W・Eどうするんですか! ただでさえ遅れてるって祐一さんやお姉ちゃん達が怒ってるのに!
アキ:まぁ、その合間にちょこちょこって。遅れないようにはするから
住井:絶対遅れるな……
栞:そうですね……
アキ:あ! 信用無いな〜
住井:今まで信用できるようなことしてきたか? まぁ、それは置いておいて。
    少し話が戻るけどなんでこういうSS嫌いなんだ?
アキ:ん〜……単純に、誰でも書けそうなタイプだから? ほら、ある程度枠が決まっちゃってるから
   絶対流れは同じになっちゃうはずだし。その点、色々設定いじくってお話紡いだり
   後日談書いたり……そう言うのの方が好き。本当は、設定をいじった辺りで少しダメだと思うんだけど。
   サイドストーリーじゃないしね。本来のSSってどっちかっていうとこっちじゃないかな?
栞:確かに……最近は色々いじってるの多いですしね
住井:本来、俺と栞ちゃんなんか知り合いじゃないしな
栞:ですねぇ……(汗
アキ:と、言うわけなんだけど。まぁ、大元の性格・関係さえ合ってればあとは能力を持ってようが
   知り合いが増えようが学校が一緒になろうが良いって言うのもあるからそれはそれですけどね〜
栞:所で……他の話って何なんですか?
アキ:んープリムラエンドでの奢らされてる話とか……みんなに追われて逃げてる話とか
住井:なんか……相沢や折原みたいだな…………
アキ:あそこまで酷くは追わない……いや、初めから魔法がある分危険かも……
住井:だな。折原はともかく、相沢とはいい勝負じゃないか? あっちはもはやジャムとか魔法とか
   剣とか妖狐とかとにかく色々出されてるから
アキ:そうだねぇ……そこの娘も、ポケットから色々出してるし
住井:だな……

(そろって栞を見る)

栞:……なにじろじろ見てるんですか
アキ:いや、なんでもないよ? さて、とりあえず後書きした気になったからいっか
   お二人とも、ご苦労様でした(ぺこり)
住井:まあ、いいけどな。W・Eの方もしっかり書けよ
栞:そうですね。私も早く出たいですから
アキ:なるべく善処いたしますです。では、こんどこそまた〜

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