件名 : 江田島青年便り15−74−104
生徒休暇出発
2003年12月23日 江田島青年より
22日生徒が年末年始休暇に出発しました。 夏季休暇から指折り数えて待ちに待った休暇です。 しかし、心が浮ついているのか、分隊長等に出発までにやれと言われた事をせず出発直前まで怒鳴られておりました。情けない3年生。 1年生は、夏期休暇に比べ余裕が出てきたのか落ちいて見えておりました。 今回から下宿の無い者は、私服出発許可となり2名ほど居りました。時代は変わりました。 おまけとして、休暇前に足を怪我したものが2名居り、松葉杖で痛々しく出発して行きました。 (もちろん班長が車で小用港まで送りました。) 来年1月5日には、また元気な姿を見せてくれると思います。 江田島青年も来年1年間グランド所狭しと走りまわれるよう充電しよう張り切っております。 又、今回は1術校長(海将補 関泰雄)自ら、先任伍長(隠れファン)と見送りに来て頂きました。 校長には、ラグビー部の用具購入にも口添えを頂いております。 重ね重ねありがとうございます。 追伸 送信したらメッセージのみしか行きませんでしたので、今一度送ります。 又、懐かしい写真を有り難うございました。 皆さん若いですな。 そして、岩国海兵隊との試合、岩国と江田島で2試合して1勝1敗だったような気がしますがどうでしょうか。
あんちゅうの返信メール
その通り! っと言いたい所ですが、少術校25周年記念誌の4代目校長 左近充尚敏校長によりますと 「運動部で思い出すのは岩国マリンから挑戦されて出かけたラグビーチームが勝ち、しばらくして雪辱に乗り込んできたのをまた返り討ちにしたことです。 アメリカ人はラグビーに不慣れだったこともあるでしょうが、あの図体のでかい、しかも強じんな体力を誇るマリンを倒した事は痛快でした。」 と、書かれています。 つまり岩国と江田島で2試合して2勝0敗だったのです。 すばらしい!! 生徒はニコヤカに江田島を後にしてそれぞれの故郷に帰ったのですね。 ご両親もこの日を首を長くして待っているのに、中にはまっすぐ帰らず寄り道しているのもいるのではないでしょうか? 普段の厳しい生徒の生活をしばし忘れて今風の高校生に戻るのもいいでしょう。 故郷に帰って中学の同級生に会うと彼らがとても子供っぽく感じた事を思い出します。 教官方にとってもしばらくは気の休まる期間となるのでしょうが、休暇中、羽目をはずして問題を起こさないようにとこれまた、心配もあるのでしょうね。
ご苦労様です。 関1術校長におかれましては直接メールをいただいた事はありませんが、17Th Homeに格別のご理解をいただいていると感謝しております。 1術校にご迷惑をかけないようにと注意しながら更新をしております。 どうぞこれからも宜しくお願い致します。 青年は島根の大都会パートUに戻られるのでしょうか? この1年間ありがとうございました。 お世話になりました。 良いお年をお迎えください。 来年も宜しくお願い致します。
2年のワルガキども
カメラを意識する2年生
さあ出発だ!1年生
そろわない3年生
言うこと聞かない3年生
控えめな1年生
関1術校長の見送り
今はおとなしい2年生
松葉杖で休暇出発