シークレットイベントナンバー調査完了!?
ロマンスの輝き2[PBM]の第3回アクション〆切がいよいよ明日です。
今回のシークレットイベントナンバーでもらえるアイテムというのが、
mail from エリス(10/10のメール)
こんばんは。そろそろアクションの〆切ですね。本日はシークレットイベントで入手できるアイテムの情報をお知らせします。今回のアイテムは「所持者が使用している間、キャラクターレベルを3レベル上げられる」という効果を持っています。問題が前回よりも難しくなっていますが、頑張って解いて、手に入れてくださいね。
だそうです。
これは是非ゲットせねば!と昨夜から調査を開始しました。
他の方の解答も聞きましたが、今回はどうも複数のナンバーが該当する可能性が高く、
ナンバー提示の際には根拠となる情報があるのが好ましい?ような話しを、
公式HPの雑談掲示板で
見かけたので、ほぼ丸一日かけて、4桁目以外の桁(全5桁)の値について調べました。
;´д`)ふぅ…疲れました。
他のキャラクタの固定メールはねこみみネットワークさんにて入手。大感謝(≧∇≦)ノ
1桁目-第1問-(リオン)
それでは今晩からシークレットイベントの問題を出して参ります。
みなさん、頑張ってくださいね。第1問は……
「次の3つの言葉から連想される歴史的事件が起こった年の西暦年の末尾の数字1桁を答えよ。
/2人の王が結婚/獅子が象徴/鍵を持って投降」。
前回よりも難しいでしょうか? 歴史が苦手な方、ごめんなさいね。
・カスティリア女王イサベラとアラゴン王フェルナンドの結婚によりイスパニア王国が成立
・アルゴン王国のフェルナンド王が指揮するレコンキスタ(キリスト教徒国土回復運動)軍に降伏して
最後王様ボアブディル王が城門の鍵束を渡したのは1492年。
・1492年 - イスパニア王国、グラナダを陥落させナスル朝滅び、イスパニア統一完成
・スペインの国旗(=獅子が象徴)
A. 2
1桁目-第2問-(リオン)
こんばんは。昨日の問題はおわかりになりましたか?
今晩はシークレットイベントの第2問ですわね。頑張ってください!
では設問ですわ。
「次の3つの言葉から連想される歴史的事件が起こった年の西暦年の末尾の
数字1桁を、2倍し、昨日の答えに加えよ。/ハインリヒ2世/騎士連合軍/ポーランド」。
おわかりですか?
1241-ワールシュタットの戦い
シュレジエン公ハインリヒ2世自ら率いるドイツ騎士修道会とポーランド王国連合部隊は、
モンゴル軍支隊3万~4万におよぶ騎馬の大軍に対して大敗。
A.2+(1*2)=4
1桁目-第3問-(リオン)
こんばんは。今日はシークレットイベントの第3問ですわ。頑張ってくださいね。設問は
「次の3つの言葉から連想される人物の誕生年(西暦)の末尾1桁から2を引き、昨日の
答えに加えてから3で割れ(端数が出た場合は切り上げて整数とすること)。
/地球球体説/フィレンツェ/コロンブス」。うふふ、おわかりですか?
トスカネリ(1397-1482)
15世紀のイタリアの天文学者・地理学者。
コロンブスは、フィレンツェ出身の天文、地理学者トスカネリに励まされ、
その地球球体説に従って西回り航路によるインド・ジパング(日本)への航海を計画した
A.((7-2)+4)/3=3
1桁目-第4問-(リオン)
こんばんは。シークレットイベントも今日で第4問、そろそろラストが近づいてきました。
最後まで頑張ってくださいね。それでは設問です。
「次の3つの言葉から連想される人物の名前に含まれる数字を昨日の答えに加え、そこから2を引け。
/プラーグ/神聖ローマ帝国皇帝/ペトラルカ」。いかがです、おわかりになりました?
ペトラルカ(1304-1374)
最初の人文主義者と称されるフィレンツェの叙情詩人。
ダンテが美少女ベアトリーチェへの思慕を『神曲』のモチーフにしたように、
彼は教会のミサで知り合った貴婦人ラウラへの想いを『カンツォニオーレ』に
代表されるイタリア語の叙情詩に託し、一躍ダンテ以降の最高の詩人としての名声を得る。
しかしペトラルカの本領はむしろ古典ラテン語研究にこそあり、当代最高の知識人として、
古典文化復活という意味でのルネサンスを準備することになる。
「最初の人文主義者」「人文主義者の父」などの呼称は、ここに由来する。
またイタリア統一を願う愛国者であり、神聖ローマ皇帝カール4世(金印勅書の発布者)
に統一イタリアの復興を働きかけたがかなわなかった。
カール4世
1316~1378 ルクセンブルク家出身の神聖ローマ皇帝(在位1347~78)で,べーメン王兼任(カレル1世)。
ルクセンブルク朝の皇帝としては,ハインリヒ7世(在位1308~13)についで二人目,
カールはハインリヒの孫にあたる。
ハインリヒ7世の死後,帝位はバイエルン公のルートヴィヒ4世が
ハプスブルク家のフリードリヒを破って継承したが,そのあまりに強引な所領拡大政策は
一部諸侯の反発をかい,1346年カールが対立国王として擁立されるに至った。
そして翌年,ルートヴィヒの死により帝位を完全に認められ,1355年にはローマで帝冠
を授かった。彼は対イタリア不干渉政策をとってベーメン統治に意を注ぎ,
シュレジェン・ラウジッツ・ブランデンブルクを領土に加えた。
また,1356年には有名な金印勅書を発布,
聖俗7人の選挙侯による皇帝選挙体制を確立し,二重選挙の発生防止につとめた。
アブィニョン幽囚中の教皇のローマ帰還にも努力し,1377年にはその目的を果たして,
ドイツの国際的地位を高めた。
このほか,首都プラハ(ドイツ語ではプラーグ(Prag))にドイツ最初の大学を設立し(1348),文化を保護したことでも名高い
A.(3+4)-2=5
1桁目-第5問-(エルファーシア)
こんばんは。本日でシークレットイベントも最終回ですわね。
では、最後の第5問です。
「次の3人の名前から連想されるイングランド王の名前に含まれる数字を2で割り
(端数が出た場合は切り上げて整数とすること)、昨日の答えに加え、そこから3を引け。
/トマス・クロムウェル/キャサリン・ハワード/ユリウス2世」。
ヘンリー8世 (イングランド王)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア (Wikipedia)』
ヘンリー8世(Henry VIII, 1491年6月28日 - 1547年1月28日)は
テューダー朝のイングランド王(在位 1509年4月22日(戴冠は6月24日) - 1547年1月28日)、
アイルランド王(在位、1541年 - 1547年1月28日)。イングランド王ヘンリー7世の次男。
ヘンリー8世はルターの宗教改革を批判する「七秘蹟の擁護」を著した功で、
教皇レオ10世から「信仰の擁護者(Defender of Faith)」の称号を授かるほどの熱心なカトリック信者であったが、
後にキャサリン王妃との離婚および、アン・ブーリンとの再婚を巡る問題から
教皇クレメンス7世と対立。
1534年には国王至上法(首長令)を発布し、自らをイギリス国教会の長とするとともに、
ローマ・カトリック教会から離脱した。
妃やトマス・モアをはじめとする側近を次々と離別・処刑し、
カトリック修道院の財産を没収するなど苛烈な人物で、イギリス王室の権威確立に寄与した。
シェイクスピアの史劇の主人公として取り上げられているほか、音楽にも造詣が深く、
ヘンリー8世作曲とされる楽譜(合唱曲『Pastime with Good Company』など)が現存しているなど、文化史にもその名をのこしている。
1509年 法王ユリウス2世の勅許をえて、兄アーサー皇太子の妃だったキャサリン・オブ・アラゴンを王妃に迎える
キャサリン・ハワード(Katherine Howard) 1521年?-1542年 アン・ブーリンの従姉妹。結婚1年半後に反逆罪で刑死。
トマス・クロムウェル(Thomas Cromwell)宮内庁官
A.8/2+5-3=6
powered By google先生(w
コメントする