開催中の「にいがた冬、食の陣」では新潟市の協賛会場で食に関するイベントが入れ替わり行われています。会期中毎日やるというわけではありませんが、三月末日までラーメン、カクテル、にぎりに鍋汁など格安で食べられるイベントやフォーラム、講演会、展示会などが催されます。
新潟伊勢丹で2月6日〜9日「食の器展、憩う、碗・椀(ワンワン)」にて商品、作品を展示する事になりました。新潟県工業技術センターの会議室、クラフトマンクラブの協賛企業と食の器展のコーディネーターの方との出展準備の打ち合わせがあった日、私も山のように商品を持ち込みました。さてどの商品が採用されるのかな?と思っているとコーディネーターの意外な一言があった。「トキ作れませんか」...トキっすか。やはり食の陣は新潟のイベント。坪源といえば鳥の工房。新潟の鳥といえば「トキ」。まるで落語の三題噺だが、コレはもう鳥を作って生業とするこの身には宿命なのだろう。過去にもう何度問われたことか「もちろんできます。昔作ったトキの置物が多分探せばまだあるのではないかと思いますが」「それは絵付けしてありますか」「もちろん」「白木はありませんか?」「...」ない。白木はない。「じゃ、つくってくださいませんか?」「...」「羽根を広げて空を飛んでいるようなトキなんてどうですか?」「...」いやまあ、できないことはないですよ。タダ今回は商品貸し出しのつもりだったのですよ。売れるアテもない仕事をするのは非常に心苦しい。なにせ私もカスミを食べて生きているわけではない。子供もいれば、生活もある、遊びにも行きたい。このトキを作るには早くとも二週間はかかりきりになるであろう。その間、無給か....返答を躊躇しているとクラフトマンクラブ会長が「今回は皆さん商売抜きということで、伊勢丹さんで宣伝できるということを目的にしましょう」と。宣伝か...確かに宣伝しないところに仕事ナシ。一人静かに工房にこもり作品作りに励んでいても、それじゃ趣味だ。ここは一つ挑戦した方がいいか。「器展」と冠している以上メインは器である(食の陣だしね)、しょせん私の作るトキは脇役。よし、それなら主役を食ってやるようなスゴイものを作ってやる。文字通り「食の陣」を食うのだ。(意気込みすぎだって)
図書館から借りてきた資料、重宝しました。
とりあえずできた頭と胴体。どこか一部分でも完成させないと作業に気合いが入らない。昔からの悪い癖である
とはいえまさか佐渡島のトキ保護センターまで出かける訳にもいかず(本当は予算があるなら行きたかった)いつも重宝している地元私市立図書館へ行き、トキの資料をかき集める。とりあえず検索システムで探してみたが、意外と少ない。トキが空を飛んでいる写真が欲しいなと思ったが、ここでハタと気が付く。私の子供時代に確か日本の野生のトキは全部捕獲されてしまっていたはずだ。ということは、当然近年の空飛ぶときの写真は皆無...昭和30年頃の写真ばかり。しかもかなりの写真が違う資料にだぶっている。これだけ有名な鳥なのに、ほとんど参考資料がない。コレには驚いた。一番参考になったのは、トキに全身骨格をイラストに起こした物。コレから想像されるトキの形状を自分なりにデッサンして、完成予定図を作った。かなり苦し紛れだ。結局ここまで来るのに約一週間。加齢と共に頭の回転も鈍ってきたのか?あまりにも仕事が遅すぎだ、自分。
胴体に足をつけると...まるでお肉屋さんです。ほぼ全部の部品ができたところ。やっと完成品のイメージがつかめる。
資料集めてデッサン始めると豪快に悩み始め、仕事が進まなくなってしまうのが最近の製作傾向だ。特に今回の様に「ものすごいものを作って皆を驚かしてやる」などと意気込んだ日には、意気込みだけが空回りして、全く実作業に取りかかれない。何枚もデッサンしていたが「コレではダメだ」と見切りを付け、おもむろに材料を削り出す。そう、私は一番大事なことを忘れていた。それは作品製作するときに過剰な意気込みはジャマになるだけで、いつもとかわらぬ「平常心」こそが大事だということを。作る前から他人の評価を気にしてはダメだ。評価は完成後に出てくるのであって、完成前に評価を気にするのは本末転倒だ。
やっといつもの調子を取り戻し、トキ製作に没頭する。ここまで来たら「無報酬」「宣伝」「器の添え物」などといった子細なことが気にならなくなる。雑念も消え、製作本調子である。このまま平成14年の年末は過ぎていき、大晦日を迎える前に無事完成した。
羽根の接着。薪ストーブの傍に置くと早く乾く。(ケヤキなどの堅木や未乾燥材はヒビが入るので厳禁)
案外大きな作品になりそうな予感がする。
さて、無事完成したはいいが...お金がない。マジで生活が苦しい。できればこれが売れればよいが〜などと考えコーディネーターさんに「展示当日に値札つけていいですか?」と聞いた。結果NG。ま、しょうがないか、最初からそういった主旨での展示なのだから。「ただ、宣伝は大いに行ってください。カタログ、パンフレットなどをどんどん置いてもらってかまいません」なるほど、それなら会社案内みたいなチラシを作ってみようと思い立つ。
「ところで、この展示終了後、今回の作品を県展などの公募展に応募してもいいんでしょうかね?」ふと気が付いた疑問を聞いてみた。売れないのなら、せめて公募展に出展したい。タダどんな公募展も出展規定には「未発表作品に限る」とある。この規定が公募展初心者の私には実にわかりづらい。「他公募展に出展した作品」「他公募展に入選、受賞した作品(落選はOK)」「いっさいの公的展示」さて、未発表作品とはいずこに線がひかれるのか?「さあ〜どうなんでしょう。気が付きませんでした。いままでそのような質問はなかったですから」なるほど。しょうがないので新潟県工業技術センターのクラフトマンクラブ担当さんに聞いてみた「わからないです」その方がクラフトマンクラブ会長さんに聞いてみた「わからないけど、多分いいんじゃない」せっかくつくったものだから、できるものなら公募展に出してみたい。でも話がここまで来ていて悩んでもしょうがない。公募展の事は公募展があったときに公募展事務局に聞こう。「明日できることは今日しない」を座右の銘としている自分としては、今回はちょっと先走りすぎた。
完成したトキ。このあとAURO(蜜蝋の仕上げ剤)で仕上げする。
やはりでかい。80センチはあるのではないか?でかすぎて搬入断られたらどうしよう?
先日事務局より色紙が届いた。展示される作品と一緒に飾るので、なにか言葉を書いてほしいとのこと。えへへ、習字は苦手です〜でもまあヘタも字のうち。じぶんで書こうと思い、いま文章を考えています。トキか...そういえば最近空を飛んでいる姿をみかけなくなりましたねえ...
今回トキの資料読んでいて初めてわかったこと。かつて佐渡で捕獲されたトキには「ミドリ」とか「アカ」といった色の名前がつけられました。コレは個体識別用に足に着けた管の色にちなんだ呼び方だったそうです。中国から来たトキにはとてもイイ名前が付いていたのに、日本のトキがコレではあんまりだ。
さて、現在純粋に日本産のトキは、かつてトキ捕獲作戦の時につかまった「キン」一羽だけです。この話からいくとキンの足には金の管がはめてあるのか?と思いたくなる所ですが、違います。捕獲作戦でつかまった他のトキは「ロケットネット」という装置でつかまったのですが、なんとキンは人間の「手」によって抱きかかえるようにつかまったのです。野生のトキを何年もかけて餌付け、トキと人間の交流をしていた方の手によってとらえられました。その方の名前が金太郎さんといい、彼にちなんで「キン」と名付けられました。
自然のなかで暮らしていたキンを、保護の為とはいえ自らの手でとらえてしまった金太郎さんは後悔し、その後亡くなるまでゲージの中のキンには会いにいかなかったそうです。
2003年2月9日新潟伊勢丹にて「にいがた冬食の陣」展示風景
(2003年1月29日)